『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』はこれまで日本映画ではほとんど真正面から取り上げられてこなかった「男性の不妊」 という題材に対して、終始あたたかな視点でアプローチした作品である。 原作は映画『凶気の桜』、『鳶がクルリと』の原作者としても知られる小説家、イラストレーターのヒキタクニオの実体験を綴った エッセイ『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」―男45歳・不妊治療はじめました』(光文社新書、2012)。 この本をベースに、『ぱいかじ南海作戦』(2012)、『オケ老人』(2016)の脚本・監督、細川徹とプロデューサーの前田浩子の ヒキタ役に抜擢されたのは1992年の『地獄の警備員』以来130本以上の映画に出演し、 名バイプレイヤーとして邦画界に名をとどろかせてきた松重豊。 意外にも50代にしてこれが初の主演映画! ロマンスグレーの大人の風貌ながら、中身はやんちゃな熱血少年。 仕事に、妻に、そして良き精子のために孤軍奮闘する様をユーモラスに、そして抒情的に演じている。 ヒキタの人生を予期せぬ方向へと導く妻、サチには若手実力派の北川景子。 ヒキタと違い、感情を簡単には表に出さないデキる妻が、様々な検査や不妊治療と向き合う中、 一人の女性としての葛藤や心の揺れを徐々に露わにしていく。 大切な娘を奪った相手としてヒキタを敵視するサチの父親には伊東四朗、 ヒキタと対照的に次々と子どもが出来る編集者、杉浦役には濱田岳。 ヒキタ夫妻の妊活を優しく見守る桑島医師に山中崇が扮し、洒脱なタッチで、夫婦の5年を綴っていく。
「ヒキタさんの子どもに会いたい」――。 それは、子どもは作らずにやっていこうと話していた二人の将来設計図がガラリと変わる瞬間だった。 サチの言葉に感化され、タイミング法を開始する二人。 だが夏が来て、秋になり、冬になっても妊娠の兆候はない。 一年が過ぎ、サチからの提案で精子の検査を受けたところ、産婦人科のクリニックでヒキタは衝撃的な事実を告げられる。 「ヒキタさんの精子の運動率は20%、8割は動いておらず、残り2割も良い状態と言えない」。 原因は加齢。つまりは老化現象!? 不妊治療の専門クリニックで二度目の検査を受けるも、結果は同じ。 そこからヒキタの猛烈な生活の見直しが始まる。 酒、タバコ、睡眠不足は厳禁、精巣を温めすぎてはダメ、適度な運動、栄養の良い食事、ストレスのない日々を心掛ける。 だが、精子の運動率はなかなか上がらない。 それでも楽天的なのがヒキタのいいところ。 クリニックではスイムアップ法、人工授精、顕微授精とステップが進む度に、費用が高くなる。 妊活に対する周囲の理解も千差万別で、特に義父の和夫は頭が固く、最先端への治療への偏見と抵抗感をヒートアップさせていく。 いつまで続けられるのか、どこまで費用を掛けるのか、時にすれ違い、ぶつかりあい、励まし合い、 そして4年目の春、ヒキタとサチの間に大きな転機が訪れるが……。