思いもよらぬ様々な「偶然」が重なって起きるある殺人事件を描いたサスペンス『悪なき殺人』の鬼才ドミニク・モル監督が、新たに挑んだテーマは「未解決事件」だった。そして、この『12日の殺人』は、フランスのアカデミー賞に相当するセザール賞(2022)で、最優秀作品賞、最優秀監督賞をはじめ、見事最多の6冠に輝いている。
フランス南東の地方都市サン=ジャン=ド=モーリエンヌで、10月12日の夜、帰宅途中の21歳の女子大生が何者かに火をつけられ、翌朝焼死体という無惨な姿で発見される。そして、地元警察でヨアンを班長とする捜査班が結成され、地道な聞き込みから次々と容疑者が捜査線上に浮かぶも、事件はいつしか迷宮入りとなってしまう…
「未解決事件」、この言葉に人はどこか強く引きつけられる。それは、謎を解き明かしたい、真実を知りたいという、人間の根源的な欲望を刺激するものだからかもしれないが、そのテーマは、実際に起こった事件をもとにしたものであれ、完全なるフィクションであれ、これまで数多くの優れた映画監督たちをも虜にしてきた。デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」(1990−91)をはじめ、ポン・ジュノの『殺人の追憶』(2003)、デヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』。最近では、あのヴィクトル・エリセが31年ぶりに撮った新作『瞳をとじて』も、未解決事件を扱ったものだ。
『12日の殺人』は、中でも、モルがフィンチャーの映画でもっとも好きだと公言している『ゾディアック』のように、行き詰まるような犯人探しだけでなく、事件にのめり込むうちに、いつしか私生活にも影響を受けていく捜査員たちの日常をも丁寧に掬い取った優れた人間ドラマにもなっているのだ。
いや、それだけではない。映画の後半、男所帯の捜査チームに、何人かの女性が加わるのだが、班長のヨアンの相棒となる女性の捜査官の、「罪を犯すのも捜査するのも男性って変」という台詞にあるように、この映画は、「マチズモ(男性優位社会)」、「イントキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)」、「マンスプレイニング(男性の女性を見下した態度)」といった、極めて現代的なフェミニズム的テーマも扱っているのだ。
モルは、この映画を制作するに当たって、ポーリーヌ・ゲナが1年にわたるベルサイユ司法警察での取材をもとにした『18.3: Une année à la PJ(刑事訴訟法18.3条:司法警察での1年)』を原案に仰いだ。また、モル本人も実際にグルノーブル警察に赴き、一週間かけて捜査員たちの日常をつぶさに観察した。その結果、この映画はどんな刑事ものにも増して、リアリティ溢れる作品になっている。
セザール賞最多6冠!
数々の映画賞を受賞したスタッフ・キャストによる壮大なスリラー
脚本は、モルと、モルの出世作となった『ハリー、見知らぬ友人』(2000)からコンビを組むジル・マルシャンが担当し、見事セザール賞の最優秀脚本賞を受賞した。因みに、マルシャンは、やはりフランスで有名な未解決事件を描いたNetflixドラマ「グレゴリー事件: 迷宮入りの謎に迫る」(2019)の監督でもある。
音楽は、アルチュール・アラリの『汚れたダイヤモンド』や『ONODA 一万夜を越えて』(2021)で知られるオリヴィエ・マルグリとの初タッグとなった。マルグリは、もともとポップ・ロックバンドで活動していた経緯もあり、劇伴だけでなく、劇中、事件を解く鍵の一つとなる、架空のバンドの1980年代のエレ・ポップ曲「Angel in the Night(夜の天使)」も彼の作である。
非番の日に自転車に乗ることで何とか精神の均衡を保っている班長のヨアンを演じたのは、『悪なき殺人』(2019)でも警官役だったバスティアン・ブイヨン。フランスでは、『私たちの宣戦布告』(2011)のヴァレリー・ドンゼッリや、『メニルモンタン 2つの秋と3つの冬』(2013)のセバスチャン・ベトベデールとのコラボで知られる俳優だが、この役でセザール賞の最優秀新人賞に輝いている。