チルド
AnyMart
2026年07月17日公開
Director
岩崎裕介
Cast
染谷将太
唐田えりか
西村まさ彦
くるま
長島竜也
OFFICIAL WEBSITE
Introduction
◆ベルリンが映し出した“歪んだ現実”
第76回ベルリン国際映画祭フォーラム部門。
「映画表現の最前線」を提示するセクションとして、作家性と挑戦性を基準に選定されるこの場において、『チルド』(洋題:AnyMart)は異様な存在感を放った。
全上映回が数分で完売し、本年、日本作品唯一の受賞作品として国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞を受賞。フォーラム部門ディレクター、バルバラ・ヴルムは本作を「この映画は一枚の鏡であり、それは歪んだ現実を映す鏡なのだ」と絶賛。
コンビニエンスストアという均質化された空間を、日本社会のミクロコスモスとして捉え、“社会批評的ホラー”として提示する本作。
そこに描かれているのは、特異な出来事ではない。
むしろ、すでに私たちが生きている現実そのものである。
◆岩崎裕介“本音”としての映画
―<初めて吐き出された、作家の内部>
本作が長編デビューとなる岩崎裕介監督。
これまでCMディレクターとしてのキャリアを背景に、極端なまでに削ぎ落とされた演出で注目を集めてきた。短編『VOID』で国際的評価を受けた彼は、本作で初めて“個人的な核”に真正面から向き合ったという。「アナーキーで不条理な作品ですが、とびきり高密度・高純度な仕上がりです。そして初めて映像で本音を吐けた気がします」
その“本音”とは何か。岩崎はコンビニという場所について、
「現実から完全に逸脱した異空間」と語る。人も物も、ただシステムの中で交換され続けるだけの場所。本作はその無機質さを極限まで純化し、恐怖へと転化する。それは外部から侵入する異物ではなく、“すでにそこにある構造”そのものが孕む恐怖である。
◆俳優たちの“存在”―<感情ではなく、状態を演じる>
染谷将太、唐田えりか、西村まさ彦。
本作に集結した俳優たちは、いずれも「役を演じる」ことを超え、“状態”そのものを体現する。染谷が演じる堺は、生の実感を失い、ただシステムの中で機能する存在だ。
それは岩崎の言う「精神的には死者に近い人間」であり、主体性を喪失した現代人の極端なモデルでもある。一方、唐田えりか演じる小河は、その停滞した世界に対して“違和”を持ち込む存在として現れる。しかし本作は、彼女の抵抗を単純な希望として描かない。
むしろ、“変化しようとする意志”すらシステムに回収されていく過程が、静かに提示される。西村まさ彦が演じるオーナーは、その構造の象徴だ。人間性を剥奪され、秩序そのものへと変質した存在。彼の言動は誇張されているようでいて、どこか現実に接続されている。
それがこの映画の不穏さを決定づけている。
◆終わらないことの恐怖―<崩壊しない世界こそが、地獄である>
『チルド』が提示する恐怖は、破滅ではない。
むしろその逆、“終わらないこと”そのものにある。
岩崎は現代社会について、「人は自ら作った枠の中で快適に生きるが、そのまま外の世界を知らずに惰性で生き続ける」と語る。その構造は、24時間営業のコンビニにおいて最も純粋な形で現れる。
同じ商品、同じ挨拶、同じ時間。変化はなく、終わりもない。そこでは生と死の境界すら曖昧になり、人は“存在”ではなく“役割”として循環し続ける。
本作が描くのは、その静かな地獄である。
Story
24時間、灯り続けるコンビニ。
同じ商品、同じ挨拶、同じ作業。
繰り返される日常が、静かに狂い始めるー
都内の某コンビニ「エニーマート倉冨町7丁目店」。
副店長の堺(31)は、日々を無感動に過ごしていた。厳格な店長・今井(44)に在庫管理のことで叱責され、同僚の室田(33)や芳賀(53)と軽い世間話を交わすものの、その会話には仕事や将来への漠然とした不安、社会に対する無力感が滲む。マッチングアプリで女性と会話することで孤独を紛らわそうとするが、どのやり取りも心の空白を埋めるには至らない。
そんな中、新人アルバイトとして小河(22)が採用される。
美容専門学校に通う彼女は、厳しい環境の中でも美容師になる夢を持ち、前向きに働こうとするが、次第に店の異様な秩序と閉塞感に圧倒されていく。
オーナー(58)の異常なまでの秩序への執着、厳格な規律、そして「管理されること」が常態化したこの場所で、彼女は何かがおかしいことに気付き始める。
ある日、バックヤードで、店の秩序を揺るがす出来事が起こる。堺はそれを目撃するが、オーナーは何事もなかったかのように、店内の秩序が乱れないことだけに努める。
しかしその日を境に、店内では次第に現実の輪郭が揺らぎはじめていく。
やがて、オーナーの「秩序」への執着は狂気となり、小河の行動を「秩序を見出す行為」と認識し抹殺する。逃げ場のないコンビニ、繰り返される日常の崩壊。
堺は「秩序とは何か」「生きるとはどういうことなのか」という問いに向き合わざるを得なくなる。このコンビニから抜け出す道はあるのか? それとも堺もまた、店の秩序にとりこまれ、幽霊のようにこの場所に囚われてしまうのか――。